2013年12月8日
12月8日は1941年、太平洋戦争勃発の契機となった真珠湾攻撃が行われた(現地時間では7日)記念日であり、米国に居る日本人は肩身の狭い思いをさせられる日です。
ここペルーではそうした報道はありませんし、そもそも二次大戦に直接参戦していないので当然かも知れませんが、ペルーでは太平洋戦争と言えば1879年のチリとの戦争を指し、日本がペルーの歴史に関わってくるのはこの20年後、1899年に最初の移民が到着して以降のことになります。
ただ、移民到着後の日本人社会の成長ぶりは欧州勢で構成されていたペルー人社会を震撼させる程の勢いを持っており、これが後の日本人排斥運動や日系商店への略奪行為に発展する訳です。
そうした不幸な歴史を積み重ねながらも、地道に築いた信頼から、初の日系大統領となるアルベルト・フジモリ氏が生まれたことは日系社会の凄さを物語っています。
そのフジモリ大統領こそが、現在のペルー繁栄の礎を築いた人物であることは間違いないのですが、権力の座に長くついたことで、逆にその立場を追われ、今や殺人や背信の罪を着せられ、収監の身となっていることはご存知の通り。
その後、2001年から2006年までフジモリ氏と長年対峙してきたAlehandro Tredo氏が政権を握り、続いて'80年代末の7400%ハイパーインフレの張本人Alan Garcia氏(2006-2011年)、Ollanta Humala氏(2011-現在)へと続く訳ですが、'90年代のフジモリ改革以降ペルー経済は右肩上がりで成長を続けています。
ただ、ここに来て重要事項を決めないHumala政権による成長の減速懸念が出てきて本日のEl Comercio紙にGarcia前大統領のインタビュー記事が掲載されています。
曰く、"Sin crecimiento no hay inclusion social"(成長なくして新戦略達成なし)。
収監されているフジモリ氏に続き、Toledo元大統領、Garcia前大統領も汚職容疑で国会喚問を受けている身ですが、ペルーの有識者は「政権終了後に次々に前政権を否認する動きを見せている限り、ペルーに本当の成長は期待できない」とも言っています。
今日のインタビュー記事では、Garcia氏は2016年の大統領選挙への出場資格を停止されても、経済成長をサポートするために全力を尽くす、というコメントを発して、自身の問題よりも国の成長が優先される、と玄人受けするコメントを発しています。
今日はベネズエラで全国の市長選挙が行われており、今後の南米全体の成長のためにも重要な産油・資源国で極左的方針の変更を求める声がペルーでも上がっています。
ところで漸く夏らしい好天が続くようになったリマは今日も晴天に恵まれ、今が盛りのJacaranda(ラ米ではハカランダと発音)が薄紫の花を満開に咲かせ、木の下は紫の絨毯を敷き詰めたような景色を作っています。
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